乳癌の告知までの流れ。と、心境。


そういえば、しこりに気づいた時の記事を書いてから、その続きを書き留めておくのをすっかり忘れておりました。

>>去年の今頃、左胸のしこりに気付いたの(´・ω・`) 乳癌の初期症状ってしこりだけ?

 

左胸のしこりに気づいて病院に行ったのが昨年の11月30日。

このファイルはその11月30日から溜めてる請求書・領収書・診断明細書。

 

これを見ながら思い出してみます。

 




 

11月30日。エコー画像で乳癌の「可能性」を伝えられる。

エコーの画像見ながら先生が

「この塊のふちがね、嫌な形をしているんだよね…」

塊のふちが少しモヨモヨと波うってるのを差しながら言われました。

 

「癌ってことですか?」

って聞くと、

 

「んんんん~~~~~~まだ調べないとだめですが、可能性が高いです」

とのこと。

 

なんだよ~( ˘•ω•˘ )今日はっきりしてほしかったなぁ~

とがっかりして帰りました。

 

12月1日。造影剤を入れてのMRI検査。

乳癌でMRI検査をする理由の一つに「触診でしこりを確認できるが、マンモグラフィーと超音波検査での判定が一致しない場合」というのがあります。私の場合「マンモグラフィーでは分からなかったけど、エコーでは影が映った」ので早速MRI検査となりました。

 

私は12時から検査だったので昼食はなし

強い磁気での検査ってことで、検査室に入る前にピアスや指輪を外すのは勿論なんだけど…アイメイクも無しってのには驚いた( ゚Д゚)!ラメが反応しちゃうんだって!

 

造影剤を入れる前に、まずは水を流すんだけど、体中にものすごい勢いでめぐるのが分かってビックリした!

点滴の管を付けたままうつぶせに横たわると、造影剤投与開始。

で機械音がグアングアンなってる中じ~~~~~っと動かないで我慢なのであります(;´Д`)

これが結構長い時間で疲れてしまった(;´Д`)

 

で、この日は検査だけで終了。

 

12月2日。細胞をとる。
針生検ってやつです。

顕微鏡での観察を行うために針を用いて組織や体液を採取すること。太い針を使用する場合は、コア生検と呼ばれる。細い針を使用する場合は、穿刺吸引生検と呼ばれる。(PDQ®がん用語辞書より)

 

この「太い針・細い針、どちらもやるよ~」と先生に言われ絶句・・・

 

実は10年ほど前にもやったことがあるのですが、それはそれは痛かった(;´Д`)

というのも、新米女医さんが、先輩医師からの助言を受けながら「こうですか?」みたいな感じで試し打ちのようなことをされたからね…

 

このトラウマを先生に話したら「そうかぁ、あははは・・・」という反応。

 

でも先生の顔が (´・ω・`) だからなんか許せる。

そして (´・ω・`) の先生を信じるしかない!

 

で、スタートしてみると…

 

あれ?痛くない…

 

私の場合、色んな角度から左右合わせて10回くらい採ったからそのうちの数回が

うっ(>_<) (←でもまだ我慢できる程度。)

ってなった。

 

でも私の (>_<)って顔見てすぐさまそこに麻酔をしてくれるからまた平気になる。

先生の麻酔のポイントが絶妙だったってことやね(゚∀゚)!

 

で、この結果がわかるのが1週間後。

でもね、もう乳癌だろうと思ってたからハラハラドキドキはなかったなぁ…。

 

 

12月9日。告知

MRIと針生検の結果を見て、先生がサラサラと次の検査の事話されるもんだから「悪性ってことですね?」って聞いちゃった(;´∀`)

 

「……そうですね(´・ω・`)」

とポツリ。

 

なんかさぁ、もっとさぁ、

 

「癌です(`・ω・´)キリッ」

「うああああああああん(ノД`)・゜・。」

 

こんな感じかと思ってた。

 

 

現実ってこんなもんね。

 

正直、ショックは全然なかった。
強がりで言ってるわけじゃないよ。 あまりにも今までがしんどかった。

>>これまでの症状まとめ

 

「体調不良の原因がわかったかも・・・」

「やっとこれで治療ができる・・・」

って、ホッとした気持ち。

 

結局のところ、長期の体調不良と乳癌との因果関係は分からないけど、希望を見いだせたのが大きかった。

 

あと、体調不良が続きすぎたこともあって「自分の死」を想定し、「準備しなきゃな」と常々考えていたからかもしれない。

覚悟ができていたという感じかな(´・ω・`)

 

幸いなことに、ツインズは自身の事はできる年齢。

もちろんまだ親に頼りたい年齢であるにしても、幼児とは比べ物にならない。

 

ただ、我が子が不自由しないように「準備は必要だ」と思ってたから保険の見直しをしたり、エンディングノートを購入したり…

 

 

そうそう。私の長期体調不良が「原因不明」で良かったのは唯一、保険の見直しできたことやね。

早々と病名が付いていたら難しかったかもしれない。

 

 

唯一悩んだのはバトン教室の事

日本人ってまず仕事の事考える人多そう(;´∀`)

とはいえ、私のバトン教室は私一人で運営しているわけで…考えるのは当たり前やね(´・ω・`)

 

みんなの築き上げてきたものを私のせいで無駄にしちゃいけないんだ!

 

まずは、来年4月のBaton Live(発表会)と9月から始まるバトントワーリングコンテストに生徒達をいつも通り送り出すこと!

 

これが達成できた頃には、また状況が変わっているだろうから…

 

ってなかんじで、ガン告知でションボリしている暇なんてなかったのであります(`・ω・´)

むしろ「あ~~~忙しい!忙しい!」であります(`・ω・´)

だから良かったのかもしれない。

 

これからの人生はおまけでもらったモノなの(´・ω・`)

ここからかなりスピリチュアルな話です。苦手な方はとばしてね(´・ω・`)

 

【自分】【34歳】【死】っていうキーワードが数年前からずっと浮かんでました。

 

きっと前世は34歳で亡くなっていたんだろう…「34歳以降の体験」をさせてもらいに現世に生きてるんだと思ってマス(・ω・)

体調崩し始めたのが33歳。現在37歳。なんかしっくりくるのよねぇ…。

もしかしたら、乳癌治療体験ツアーだけでぽっくりあの世に行くのかもしれない(;´∀`)あはは

 

でもねぇ、なんとなく敦盛の【人生50年】が響くのよねぇ…

 

時代は違えど、私には【人生50年】が当てはまる気がする。

だから、もし、50歳を超えることが出来たのなら【おまけ人生第二弾】として楽しむのであります(゚∀゚)

 

そうそう。

さっき、エンディングノートを貼り付けるために検索してたら気になる本を発見!

ちゃんとお葬式用の写真とかデータCDとか入れるのも付いてる(゚∀゚)すご~い!

 

だってさぁ、変な写真使われたくないもんねぇ(;´Д`)ハズカシー

 

 

12月9日の告知以降の話はまた明日書きます(・ω・)ノ




 

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